『ベンジャミンバニーのおはなし』(原書初版は1904年)は、『ピーターラビットのおはなし』の続編。マクレガーさんに捕まりそうになり、ほうほうのていで逃げたピーターの後日談が描かれている。
冒頭に登場するのはベンジャミンで、マクレガーさんの畑の裏の林に暮らすおばさんといとこのピーターたちを訪ねるところから物語が始まる。ここで、一家の暮らしの秘密が明かされる。
Old Mrs Rabbit was a widow; she earned her living by knitting rabbit-wool mittens and muffetees (I once bought a pair at a bazaar). She also sold herbs, and rosemary tea, and rabbit-tobacco (which is what we call lavender).
ピーターのおかあさんは、おとうさんが亡くなった後、うさぎの毛を使ったミトンやマフを編んで食べるためのお金をかせいでいました(私もバザーで買ったことがあります)。いろいろな薬草や、ローズマリーのお茶、それにうさぎタバコ(私たちはラベンダーと呼んでいますが)なども売っていました。
ここで、かなり唐突に作者が一人称で語り始めると、ファンタジーの中に現実が顔を出し、読者はお話に引き込まれていく。
お話の中で、ピーターはいとこのベンジャミンと一緒に、レンガの塀の上から木を伝って畑に降り、カカシにかけられていた自分の青い上着と靴を無事に取り戻す。そのときベンジャミンが、やはりカカシがかぶっていたマクレガーさんの大きな帽子(スコットランド伝統のポンポン付きのベレー帽でタムオシャンターと呼ばれる)をかぶってみた姿が、表紙の絵だ。
その後、ふたりは猫のせいでひどい目に遭いつつも、ピーターのお母さんが待つ洞穴に戻る。シングルマザーとして懸命に生計を得て子育てをするうさぎのお母さんは、危険な冒険から帰ってきたピーターを叱ることはなく、服と靴を取り戻してきたことをほめて許してあげる(個人的には、わが子が学校で制服の上着や水筒やおやつを入れる弁当箱をなくし、その後見つけてきたという経験を幾度も繰り返した母親として、共感せずにはいられない)。
ポターは19歳だった1885年から1907年まで、9回の夏休みを湖水地方、カンブリアのフォウ・パークで過ごした。2軒の邸宅と周囲に広がる庭園が、この絵本の風景のモデルになっている。1903年の夏をここで過ごした後、編集者に宛てた手紙で、『ベンジャミンバニーのおはなし』の準備として「うさぎが登場する場面の背景として想像できる限りの風景と、そのほかいろいろな絵、合計70枚を描いた」と書き送っている。
ポターはまた、ベンジャミンという名のうさぎを飼っていた。うさぎなのにバターを塗ったトーストが好きで、お茶の時間を告げるベルの音を聞くと部屋に入ってきたという(つまりは放し飼いにしていたらしい)。
今も湖水地方を歩くと、絵本と同じ風景の中に、ピーターたちそっくりのうさぎに出会える。人間とうさぎが攻防戦を繰り広げながらも共存している世界は、作者の綿密な観察と動物愛の賜物であり、現実と非現実が巧みに織り混ぜられたマジックリアリズムの傑作とも言える。
卯年の2023年が、ピーターラビットの世界のように、冒険と愛に満ちた年になりますように。
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このブログは、ロックダウンが繰り返された2020年のロンドンで、生存情報発信代わりにと始めました。この間、想像もしていなかったいろいろなことが起こり、その時々に気になった絵本に関する覚え書を、徒然なるままに書き連ねてきました。
「ニューノーマル」を超えてさらに新しい「日常」がやってきたとも言えそうな今、2023年からは毎月第一金曜日更新とし、これからも、素敵な絵本をじっくりと読んでいきたいと思います。