清水玲奈の絵本覚書-翻訳家のノート

ロンドン在住ジャーナリスト・翻訳家が、イギリスで出会い心酔した絵本を深読みします。(旧 清水玲奈の英語絵本深読み術) 英語と、ときどきフランス語、イタリア語の絵本を読んでいます。 一生の友達になってくれる絵本を厳選し、作家の想いや時代背景について、そのとき調べたこと、考えたことを覚え書きしています。 毎月第一金曜日の更新です。 (明記しない限り、日本語訳は私訳です)

物語の力を語る絵本

ピーターラビット一家の秘密がわかる『ベンジャミンバニーのおはなし』

The Tale of Benjamin Bunny (Peter Rabbit)
Potter, Beatrix
Warne
2002-09-01



ベンジャミン バニーのおはなし (ピーターラビットの絵本)
ビアトリクス・ポター
福音館書店
2019-11-01



『ベンジャミンバニーのおはなし』(原書初版は1904年)は、『ピーターラビットのおはなし』の続編。マクレガーさんに捕まりそうになり、ほうほうのていで逃げたピーターの後日談が描かれている。

冒頭に登場するのはベンジャミンで、マクレガーさんの畑の裏の林に暮らすおばさんといとこのピーターたちを訪ねるところから物語が始まる。ここで、一家の暮らしの秘密が明かされる。

Old Mrs Rabbit was a widow; she earned her living by knitting rabbit-wool mittens and muffetees (I once bought a pair at a bazaar). She also sold herbs, and rosemary tea, and rabbit-tobacco (which is what we call lavender).
ピーターのおかあさんは、おとうさんが亡くなった後、うさぎの毛を使ったミトンやマフを編んで食べるためのお金をかせいでいました(私もバザーで買ったことがあります)。いろいろな薬草や、ローズマリーのお茶、それにうさぎタバコ(私たちはラベンダーと呼んでいますが)なども売っていました。


ここで、かなり唐突に作者が一人称で語り始めると、ファンタジーの中に現実が顔を出し、読者はお話に引き込まれていく。
お話の中で、ピーターはいとこのベンジャミンと一緒に、レンガの塀の上から木を伝って畑に降り、カカシにかけられていた自分の青い上着と靴を無事に取り戻す。そのときベンジャミンが、やはりカカシがかぶっていたマクレガーさんの大きな帽子(スコットランド伝統のポンポン付きのベレー帽でタムオシャンターと呼ばれる)をかぶってみた姿が、表紙の絵だ。
その後、ふたりは猫のせいでひどい目に遭いつつも、ピーターのお母さんが待つ洞穴に戻る。シングルマザーとして懸命に生計を得て子育てをするうさぎのお母さんは、危険な冒険から帰ってきたピーターを叱ることはなく、服と靴を取り戻してきたことをほめて許してあげる(個人的には、わが子が学校で制服の上着や水筒やおやつを入れる弁当箱をなくし、その後見つけてきたという経験を幾度も繰り返した母親として、共感せずにはいられない)。

ポターは19歳だった1885年から1907年まで、9回の夏休みを湖水地方、カンブリアのフォウ・パークで過ごした。2軒の邸宅と周囲に広がる庭園が、この絵本の風景のモデルになっている。1903年の夏をここで過ごした後、編集者に宛てた手紙で、『ベンジャミンバニーのおはなし』の準備として「うさぎが登場する場面の背景として想像できる限りの風景と、そのほかいろいろな絵、合計70枚を描いた」と書き送っている。
ポターはまた、ベンジャミンという名のうさぎを飼っていた。うさぎなのにバターを塗ったトーストが好きで、お茶の時間を告げるベルの音を聞くと部屋に入ってきたという(つまりは放し飼いにしていたらしい)。
今も湖水地方を歩くと、絵本と同じ風景の中に、ピーターたちそっくりのうさぎに出会える。人間とうさぎが攻防戦を繰り広げながらも共存している世界は、作者の綿密な観察と動物愛の賜物であり、現実と非現実が巧みに織り混ぜられたマジックリアリズムの傑作とも言える。
卯年の2023年が、ピーターラビットの世界のように、冒険と愛に満ちた年になりますように。
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このブログは、ロックダウンが繰り返された2020年のロンドンで、生存情報発信代わりにと始めました。この間、想像もしていなかったいろいろなことが起こり、その時々に気になった絵本に関する覚え書を、徒然なるままに書き連ねてきました。
「ニューノーマル」を超えてさらに新しい「日常」がやってきたとも言えそうな今、2023年からは毎月第一金曜日更新とし、これからも、素敵な絵本をじっくりと読んでいきたいと思います。

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孤独と縁を考えさせる『ふしぎなともだち』

Leon and Bob
James, Simon
Candlewick
2016-07-12



ふしぎなともだち (児童図書館・絵本の部屋)
サイモン ジェームズ
評論社
1999-04-01



サイモン・ジェームズの『ふしぎなともだち』(原書は1997年)の原題は「Leon and Bob(レオンとボブ)」と名前を並べただけでそっけない。
内容も、少ない文字数で研ぎ澄まされた表現の中に、独特の読後感を残す。

表紙を開くと、典型的なイングランドの街並みの中に、誰もいない小さな公園が描かれている。
季節は秋なのか、葉っぱひとつない木が立ち並び、ベンチは空っぽ。
これが、物語の伏線になっている。

冒頭では、レオンは、お母さんと二人で新しい街に越してきたとある。お父さんが軍隊に入ったからだ。そして、レオンにはボブという名の友だちができて、部屋をシェアして一緒に暮らしていると書かれている。
でも、この最初の見開きの2枚の絵には、6歳くらいの黒人の男の子がひとりぼっちで部屋の中にいる姿が描かれている。
イギリスに典型的なビクトリア朝住宅の天井の高い大きな部屋は寒々しく、そこで一人、着替えているレオンはさびしげだ。
読者は文と絵のギクシャクした関係によって、何かがおかしいと気がつく。

こういう仕掛けを作り出せるのは、絵と文の両方でストーリーを語っていく絵本ならではだ。
しかし、YouTubeで見つけた読み聞かせ動画では、イギリスの小学校の先生が「想像上の友だちっていうわけですね」とコメントをつけながら読んでいた。
そう言ってあげないと物語が理解できない子がいるという現実があるとしても、子どもの読書体験を邪魔するようなこういう無粋な解説は、少なくとも読み終わるまではするべきではないと、私は思う。

さて、レオンのお母さんは忙しいらしく、朝食のテーブルでも、2つあるいすのひとつは空っぽだ。
そのさびしさも、レオンは「ボブ」のおかげで乗り越える。

Non one else could see Bob but Leon knew he was there. Leon always had a place for Bob at the table. “More milk, Bob”, Leon said.
ほかのひとは、ボブのすがたが見えない。でもレオンだけは、ボブが ちゃんとそこにいると しっている。だから、ごはんのときも、いつも ボブのせきを テーブルによういした。
「ボブ、ミルクをもっとどうぞ」


ある土曜日、隣の家に家族が引っ越してきた。窓から通りを見下すと、男の子が手をふってくれた。
考えた末に、次の日、レオンは男の子を誘いに行くことにする。

Leon ran up the steps of next-door’s house. He was about halfway when suddenly he realized Bob wasn’t there any more.
レオンは、となりのいえの 入り口のかいだんを かけのぼった。まんなかくらいまで いったとき、ボブがいないことにとつぜん気がついた。

それでも勇気をふりしぼって呼び鈴を鳴らし、男の子を誘って、名前を尋ねる。返ってきた答えが、最後のページに、たった3語で書かれている。

”Bob”, said Bob.
「ボブ」と ボブは いった。

想像上の友だちを描いた絵本は他にもいくつかある。たとえばジョン・バーミンガムの『アルド・わたしだけのひみつのともだち』
レオンが勇気をふりしぼるそのときに、心の友だち「ボブ」がいなくなるところは、マレーク・ベロニカの名作『ラチとらいおん』を思わせる。
ラチとらいおん (世界傑作絵本シリーズ)
マレーク・ベロニカ
福音館書店
1965-07-14


怖がりの男の子ラチは、ある日、ポケットに入っていた小さなライオンがいなくなっていることに気がつき、そしてその代わりに勇気を手に入れた自分にも気づく。

これらの絵本と異なるのは、『ふしぎなともだち』では想像上の友だちの姿は絵には描かれていないことだ。レオンは自分の想像力と勇気のおかげで不安と孤独を乗り越え、本物の友だちを手に入れたということが、リアリズムを貫く絵で示されている。

『ふしぎなともだち』は4歳くらいから読めるシンプルな本だけれど、娘(7歳)は最近になって、土曜日だけ通っている日本人学校の図書館でこれの日本語版を借りてきた。
私も初めて読んで、とても気に入った。自分が小学校を転校したときのこと、中学や高校の頃のことなどを思い出した。小さい子よりも、友だち作りに不安を覚えるようになるお年頃の子ども(と大人)の方がレオンに共感でき、勇気づけられるかもしれない。
そして、思いがけず訪れる本との出会いは、友だちとの出会いに似ているとも思った。

日本語版のカバーの内側には作者の言葉が書かれている。「私は、むりに物語をつくろうとしたことがありません。物語が育っていくのにまかせるのです。『ふしぎなともだち』のお話もむこうから私のところに、やってきました。ボブがレオンのところへきたように。物語の流れを信じることです」

****
サイモン・ジェームズは1961年ブリストル生まれ。
公式サイトによると、幼い頃から絵を描くのが好きで、ホッチキスでとめた小さな本を作ったりもしていた。父親が持っていたまんがの本にも影響を受けた。
学校を卒業した後、まんが家になることを目指しながら、さまざまな仕事を経験した。
警察官になる訓練を受けていたが、日誌にペンギンの絵を描いたのでクビになったという楽しい逸話も披露している。

その後、大学でグラフィックデザインと美術史を学び、言葉とイメージを一緒に扱うという絵本制作のテクニックを身につけた。大学卒業後、またホチキスどめの小さな本を作るようになった。
1989年、最初の絵本『The Day Jake Vacuumed』を出版。以来、数多くの絵本を手がけている。

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はみ出し者に勇気をくれる『フレデリック-ちょっとかわったのねずみのはなし』

Frederic
Lionni, Leo
Ecole des Loisirs
1980-01-01






レオ・レオニは4回カルデコット賞を受賞している。そのうちの1冊が『フレデリック』(1967年)。

季節は秋。冬はすぐそこに来ている。
農家の石垣に暮らすのねずみの家族は、おひゃくしょうさんが引っ越してしまったことから、食糧がとぼしくなる。
のねずみたちは必死で働き、「とうもろこしと きのみと こむぎと わら」を集める。
ただし、フレデリックだけは別だ。

”Frederic, why don't you work? They asked.
"I do work," said Frederick. "I gather sun rays for the cold dark winter days."
「フレデリック、どうして きみは はたらかないの?」みんなは きいた。
「こう みえたって、はたらいてるよ。」とフレデリック。
「さむくて くらい ふゆの ひの ために、
 ぼくは おひさまの ひかりを あつめてるんだ。

(谷川俊太郎訳)

このページのフレデリックは、ひとり目をつぶって、黄色い丸で表現された太陽の下にうずくまっている。
他のねずみたちは、同じ黄色の切り絵で表現されたとうもろこしを懸命に運んでいる。

やがて雪が降り、フレデリックを含むのねずみ5ひきは一緒に巣ごもりをする。
食べ物がとぼしくなった頃、他の4ひきは思い出す。

What about your cupplies, Frederick?
They asked.
"Close your eyes," said Frederick,
as he climbed on a big stone.
"Now I send you the rays of the sun.
Do you feel how their golden glow..."
「きみが あつめた ものは、いったい どう なったんだい、フレデリック。」
みんなはたずねた。
「めを つむって ごらん。」
フレデリックは いった。
「きみたちに おひさまを あげよう。
ほら かんじるだろう もえるようなきんいろのひかり…‥」


ここで、原文では「フレデリックはいった」のところに「as he climbed on a big stone(おおきないしにのぼりながら)」という説明があるが、絵を見ればわかることでもあるので、字数の関係からか、割愛されている。
というわけで4匹は素直に目をつむる。フレデリックの言葉を反芻すると、体が温まるのを感じる。
冷たかった石の巣に、いつしか金色の光が満ちてくる。
あの秋晴れの日に見た太陽やとうもろこしの色だ。
そして最後にフレデリックは長編の詩を暗唱して聞かせ、仲間たちに「詩人」として称えられる。

この絵本は、日本や英国ではおおむね優れた絵本として受け止められているが、アメリカの読書サイトを見ると評価がはっきり二分されているのが面白い。
賞賛の声がある中で、労働に励む仲間の食べ物で生きながらえる怠け者を称える物語は子供には読み聞かせられないなどと憤る声も見受けられる。

一方、かつて拙著『世界の夢の本屋さん2』で、ボローニャのストッパーニ書店を取材したとき、店員さんがお気に入りの一冊に挙げてくれたのが、この絵本『フレデリック』だった。
世界の夢の本屋さん2
清水 玲奈
エクスナレッジ
2012-07-18


ストッパーニは世界的な児童書見本市が開かれる街、ボローニャの児童書専門の本屋さんで、ブックフェアとの提携もしている老舗だ。
ちなみにイタリア語版のタイトルは『フェデリーコ』。イタリア人の店員さんは、生産性よりも文化を愛する野ねずみフェデリーコの価値観に賛同できると言っていた。私も同感だ。

『あいうえおのき』と同様、言葉の力を伝えると同時に、冬の季節にも太陽を想う想像力のすばらしさも教えてくれる絵本。
英国では今週末、夏時間が終わり、長く暗く寒い季節を迎える。そんな季節に読むと、さらにしみじみとメッセージが伝わってくる。
レオ・レオニの絵本の谷川俊太郎訳にはいつもオリジナルの副題「…のはなし」がついているが、『フレデリック』の副題は「ちょっとかわったのねずみのはなし」。
子どもだけではなく、社会からはみ出して生きているという自覚のある大人(私のことです)を勇気づけてくれる話でもある。

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イギリスの定番、「図書館犬」が活躍する『ネルはいぬのめいたんてい』

The Detective Dog
Donaldson, Julia
Macmillan Children's Books
2017-03-09



ネルはいぬのめいたんてい
ジュリア・ドナルドソン
ビーエル出版
2018-02-08



6歳の男の子、ピーターの飼い犬ネルが活躍する『ネルはいぬのめいたんてい』(原書は2016年)は、図書館を舞台に、本を読む喜びを親しみやすく描いた絵本だ。
お話を書いたのは、『チャーリー・クックの大好きな本』でも本への愛を語ったジュリア・ドナルドソン。
イラストは『パンケーキをたべるサイなんていない?』のサラ・オギルヴィー。レトロでポップな絵のおかげで他のドナルドソンの絵本とは違う味わいになっている。

めす犬のネルは、どんななくしものでも匂いでかぎ当ててしまう名探偵だ。
そして毎週月曜日は、ピーターと一緒に学校図書館に行く。

The children loved reading their stories to Nell,
And Nell loved to listen- and also to smell.
Sniff, sniff, sniff! Mixed in the air
Were plasticine, custard and newly washed hair,
The crusts in the bins and the coats on the hooks,
But the best smell of all was the smell of the books.
こどもたちは、ネルにおはなしをよんであげるのがだいすき。
ネルはそれをきくのも、そしてほんのにおいをかぐのも、とてもたのしみでした。
くんくん! がっこうのくうきにただよっているのは、
ねんどや、カスタードクリームや、シャンプーしたてのかみのにおい。
ごみばこのパンくずや、フックにかけたコートのにおい。
でも、なんといってもさいこうなのは、ほんのにおいでした。


ある日、謎の事件が起きる。学校図書館からすっかり本が消えてしまったのだ。
そこでネルの出番。街に出たネルと子どもたちが探し当てた犯人は、ニキビづらで歯並びが悪く、小太りのお兄さん。いわばいかにもオタクという風貌の彼は、盗んだ本を片っ端から読んでいる最中だった。
ネルの先導で、テッドと名乗るそのお兄さんと一緒に、子どもたちは、街の図書館に向かう。
静かで明るい図書館の室内を描いた見開きの絵がとりわけすばらしい。本好きには応えられないその光景を前に、テッドは口をぽかんと開けている。公立図書館というものの存在を知らなかったようだ。
図書館は、本棚に囲まれ、本の匂いに包まれることの幸せを、すべての子どもと大人に味合わせてくれる場所だ。テッドも、これからは、ここで心置きなく読書三昧ができるのだ。

本の匂いが何よりも好きという犬のネルには、人間も共感してしまう。本の香りの香水だって存在するくらいだ。
なお、イギリスでは実際に、小学校などで「子どもたちが犬に読み聞かせをする」という活動が日常的に行われていて、学校や施設に犬を派遣するチャリティー団体「バーク・アンド・リード(Bark and Read)」も活動している。
犬は、読むのが上手か下手かを判断することなく子どもの朗読を聞いてくれるので、子どもが本を読むのを楽しみ、自信をつけるのに役立つのだ。
うちの娘の学校では、上級生が飼っている犬のボー(ネルと同じくめすの大型犬)が毎週木曜日にやってきて、読書時間を一緒に過ごす習慣がある。

日常が戻ってきて、学校図書館の(人間の)ボランティアも1年半ぶりに再開した。
カウンターで本を貸し出すために娘の同級生たちと会うのは、レセプション(小学校の最初の学年)以来のことだ。毎日見ているわが子だとあまり気がつかないが、2年生(ピーターくんと同じ6歳だ)になってみんなずいぶん大きくなった。
そして感慨深いのが、子どもたちが選ぶ本のレベルが、1年半前とは全く違っていること。「ハリー・ポッター」シリーズに挑戦している子もいる。
うちの娘も、ときには絵本ではない読み物の本を選ぶようになった。わが家では犬を飼っていないので、娘はかわりに私に本を読んでくれる。

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イギリスの子ども達に人気の作家ふたりが、読書の愉しみを注ぎ込んだ絵本

Charlie Cook's Favourite Book by Julia Donaldson(2005-09-02)
Julia Donaldson
Macmillan Children's Books
1850T



2年生の娘がロンドンの小学校の授業で先日読んだのが、『チャーリー・クックの大好きな本(原題 Charlie Cook's Favourite Book)』(2005年)。
イギリスで最も売れている絵本作家であるジュリア・ドナルドソン(お話)と、長年コラボを続けているアクセル・シェフラー(絵)による作品。『チビウオのウソみたいなホントのはなし』で物語の持つ力を描いていたふたりが、今度は人間の子を主人公に、本に没頭する喜びを表現している。
雰囲気は全く異なるけれど、『本の子』と同様、これも名コラボによる読書愛に満ちた絵本だ。

絵本は、チャーリー・クック少年が自宅のリビングでくつろぎながら本を読んでいる光景で幕を開ける。

Once upon a time there was a boy called Charlie Cook
Who curled up in a cosy chair
and read this favorite book...
あるところに、チャーリー・クックというおとこのこがいました。
すわりごこちのいいいすにすわり、
おきにいりのほんをよんでいます…


ページをめくると、次の見開きは、チャーリーが読んでいる本の中身になっている。ページの縁は古びて少しぼろぼろになっている。
そこに登場している海賊船の船長が、たどり着いた島の宝箱から見つけたのは、1冊の本。
その中身は…というところでページをめくると、今度は「3びきのくま」を思わせるお話の1場面が登場する。

About a girl called Goldilocks,
and three indignant bears
Who cried, "Who's had our porridge?
Who's been sitting on our chairs?”
それはゴルディロックスというおんなのこが、
3びきのくまをおこらせるおはなしでした。
くまはさけびました。「ぼくたちのおかゆをたべたのはだれだ?
ぼくたちのいすにすわったのはだれだ?」


この本の中で女の子は、くまたちが帰って来たのにも気づかずベッドに寝転んで夢中で本を読んでいる。

…というふうに、入れ子構造になっている物語には、その後もページをめくるごとに、次々と全く違う本の世界が広がる。騎士とドラゴンのお話もあれば、イソップ物語を思わせる鳥たちのお話や、イギリス人が好きなジョーク集、昔の婦人用雑誌、百科事典も登場する。

そして最後は、幽霊がこの『チャーリー・クックの大好きな本』を読んでいる、というおちで、最初の場面に戻るのだが、「本つながり」の登場人物全員が、狭いリビングに集合している様子がおかしい。

ドナルドソンとシェフラーによる絵本は、イギリスの家庭でも学校でもよく読まれている。ドナルドソンのお話は韻を踏んでいて声に出すと楽しく、中身には人生の知恵が散りばめられている。韻を踏むためにやや難しい単語も使われていて、自然と語彙を増やせることも、親や先生に支持される理由の一つなのだろう。
そして、シェフラーの絵は、ドイツ人らしいメルヘンの伝統を感じさせる落ち着いた色合いと上品なかわいらしさで、さりげないユーモアが魅力だ。

『チャーリー・クックの大好きな本』でも、ジュリア・ドナルドソンの文はリズムがいい。さらにこの本は、大人の方が楽しめそうなディテールもふんだんに散りばめられている。
たとえば婦人雑誌のページには「厳しい家庭教師求む」という広告が載っていたり、百科事典の「ケーキ」の項目は、本筋には関係ないケーキについてのコラム(「女王のバースデーケーキ」と「有名なケーキ好き」)が充実していたり。
紙の読み物ならではの「脱線する楽しさ」も再現しているのだ。

絵の方も凝っている。たとえばおとぎばなし集にはしおり紐が描かれていたり、「囚人が服役中に読んだという設定の本には「刑務所図書館蔵書」というスタンプが押されていたり。
シェフラーは自身のサイトで、「この本は一貫した物語があるわけではなくて、物語から物語へとジャンプしていく。全部の本が違って見えるように、スタイルを変えて描きたかったけれど、時間切れになった(どっちにしろできなかったかもしれないけれど)」と振り返っている。
彼も絵本作家として、この本には特別な思い入れがあって、こだわり始めたら切りがなかったのだろうなと想像させる。

というわけで、読書への愛を詰め込んだこの絵本は、この2人のコラボによる数多くの絵本の中でも、ひときわ異彩を放っている。

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