清水玲奈の絵本覚書-翻訳家のノート

ロンドン在住ジャーナリスト・翻訳家が、イギリスで出会い心酔した絵本を深読みします。(旧 清水玲奈の英語絵本深読み術) 英語と、ときどきフランス語、イタリア語の絵本を読んでいます。 一生の友達になってくれる絵本を厳選し、作家の想いや時代背景について、そのとき調べたこと、考えたことを覚え書きしています。 毎月第一金曜日の更新です。 (明記しない限り、日本語訳は私訳です)

クェンティン・ブレイクの絵本

育児の恐るべき行末をユーモラスに描く『ザガズー-じんせいってびっくりつづき』

Zagazoo
Blake, Quentin
Red Fox
2000-11-28






『ザガズー-じんせいってびっくりつづき』(原書は1998年)は、イギリスでは子育てをする親たちの深い共感を呼び、新しく親になった人へのプレゼントとしても人気がある絵本だ。

仲良く暮らすジョージとベッラのもとに、コウノトリならぬ郵便屋さんがある日、「小さなピンク色のとてもかわいい生き物」が入った小包を届けてくれる。
絵を見ると、オムツをした赤ちゃんの首から、「ザガズーというなまえです」という札が下げられている。
「ザグ(zag)」はジグザグのザグで、急な方向転換を指す。そして「ズー(zoo)」は動物園。

その名が予言した通り、かわいいピンクの生き物は、思いがけない方向へと変身していく。
ある朝突然、巨大なワシの赤ちゃんになっていて、夜な夜なおそろしい鳴き声をたてたかと思うと、今度はゾウになって、家の中をめちゃめちゃに壊す。イボイノシシになり、ドラゴンになり、コウモリになり、やがてまたイノシシやゾウになり…
手を焼いたベッラは、「せめて、ひとつのきまったものでいてくれたらいいのに」と言う。するととうとう、その願いを聞き入れたかのように、ザガズーは大変身する。

... one morning they got up and Zagazoo had changed into a strange hairy creature.
"Oh, no!" said Bella. "I preferred the elephant."
"Or even the warthog," said George.
Every day the creature went on getting bigger... and hairier... and stranger.
…ある朝起きると、ザガズーはモシャモシャ毛が生えた変な生き物になっていました。
「なんてこと」とベラは言いました。「ゾウのほうがよかったのに」
「イボイノシシだってまだマシだった」ジョージはいいました。
毎日、その生き物は、ますます大きくなり…さらに毛深くなり…そして、もっと不思議な生き物になりました。

その後の展開は、またもや、読者の期待を裏切る。そして、絵本は半ば強引に結論する。

Isn't life amazing?
じんせいっておどろきですね?

日本でも「魔の2歳児」などという言い方をするが、英語では「terrible two」という。3歳のことは「threenager」。その後も「terrible four」「fearful five」などと独自の表現を提案する親たちも少なくない。
子どもはある日、突然やってくる未知の生き物。
どんな風に育っていくかは、子ども本人にだってわからない。
この絵本に多くの親が共感するのは、「ある朝起きると」すっかり違う生き物に変わっているところではないだろうか。卒乳、発語、立って歩き出し、オムツはずしから、何度も繰り返す反抗期を経て、独り立ちするまで、変化は突然訪れるし、育児書通りにはいかない。
さらに、この絵本が鋭いのは、子どもだけではなく大人も、齢をとるにつれて思いがけない変化をしていくという事実を描いていることだ。

明日のわが子も、そして自分も、どんな風に変わっているかはわからない。予測ができないからこそ、育児も人生も面白いのだ。

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魔法の音楽がページから聞こえてくる『ふしぎなバイオリン』

ふしぎなバイオリン (岩波の子どもの本)
クェンティン ブレイク
岩波書店
1976-09-24



Patrick
Blake, Quentin
Red Fox Picture Books
2010-09-30



絵本作家クェンティン・ブレイク(1932年生まれ)が、1968年に発表した初のオールカラー絵本が、この『ふしぎなバイオリン』だ。

主人公のパトリックは、緑色の帽子と服、靴を身につけた若者。緑は聖パトリックの祝日のシンボルカラーでもあるし、アイルランドの聖人パトリックを思わせる。
古物市で、パトリックはバイオリンを手に入れる。
ウキウキと野原に行き、パトリックはホコリを吹き払って、バイオリンを弾き始める。

One by one the fish in the pond begαn to jump out and fly about tin the air.
And what is more, they were all different colours and they were singing to the music.
いけのさかなは1ぴきずつ みずをとびだし、そらをとびまわりました。
しかも、みんなちがういろになり、おんがくにあわせてうたいはじめました。

そこで出会ったふたりの子どもたちとともに、パトリックはさらに練り歩く。
バイオリンを奏でると、りんご畑にも不思議な変化が現れる。

Instead of apples the trees began to grow pears and bananas and cakes and ice-creams and slices of hot buttered toast.
りんごのかわりに、なしとバナナとケーキとアイスクリームとあつあつのバタートーストがなりはじめました。

イギリスの田園風景につきものの牛の群れも、サイケに変身する。

They were white with black spots, but when Patrick played his violin the cows became covered with colored stars and started to dance to the music.
しろにくろのぶちもようだったうしは、パトリックがバイオリンをひくと、きれいないろのついたほしのもようになり、おんがくにあわせておどりだしました。

最後はなべかまの修理をする鋳掛屋(いかけや)の老夫婦が、ボロボロの馬車で街に帰る途中のところに出会う(ちなみに谷川俊太郎訳でも「いかけや」となっている。子どもたちにはこれを機会に、昔の人は物を大切に使っていたことを教えてあげよう)。
病気だった老人は、パトリックの演奏でみるみる 元気になる。

He lost his cough, and his cold, and his stomach-ache, and his headache; until he was well and smiling and happy again.
せきもさむけも、おなかやあたまがいたいのも、すっかりなおりました。
すっかりげんきなえがおになり、しあわせになりました。

ウイルスに翻弄されている今、簡単に病気を治してくれるこんな魔法のバイオリンがあったらいいのに。
けれど少なくとも、音楽と絵本が私たちを元気づけてくれるのは事実だ。

この絵本が出版された1968年は、デビッド・マッキー(1935年生まれ)が『ぞうのエルマー』の最初の版を発表した年でもある。
2冊の本のカラフルな絵と、解放感あふれる自由で陽気な雰囲気は、60年代イギリスのポップカルチャーの産物だ。作り手自身が子どもみたいな遊び心を持って楽しんで制作した絵本であることが伝わってくる。
そしてやはり1968年に発表されたミュージカルアニメ映画『イエロー・サブマリン』にも共通するものを感じる。全編にビートルズの曲が流れ、シュールな光景が繰り広げられる『イエロー・サブマリン』は、ドラッグの幻覚を描いたのではないかとも憶測された。
『ふしぎなバイオリン』は音も動く映像もない絵本だけれど、躍動感あふれるイラストと物語の力で、現実の風景がカラフルに変わっていく様子を表現し、子どもと大人に夢をみせてくれる。

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春は自転車に乗って。『アーミテージさんのすてきなじてんしゃ』

Mrs. Armitage on Wheels
Blake, Quentin
Red Fox
1999-05-18



アーミテージさんのすてきなじてんしゃ (あかねせいかの本)
クェンティン ブレイク
あかね書房
1997-12T



今回のロックダウン中、娘の学校のリモート授業では、船や電車、自動車、バス、地下鉄などの乗り物の発明と改良の歴史を学んだ。それに合わせて英語のリーディングの授業でも、乗り物が登場するいろいろな絵本が取り上げられた。
先生が紹介してくれた一冊が、この楽しい絵本『アーミテージさんのすてきなじてんしゃ』(原書は1987年)。

今のロンドンで一番身近な乗り物といえば自転車だ。ロックダウンを機に買ったらしいピカピカの自転車に乗った大人や子ども、それにテイクアウト料理の宅配の自転車もよく見かける。
リモート授業では、ペダルがなく足で地面を蹴って進んだ最初の自転車「ホビー・ホース(趣味の馬)」や、乗り心地が悪く「ボーン・シェイカー(骨を震わすもの)」と呼ばれた初期の自転車を経て、「セイフティー」と呼ばれる改良型、そしてマウンテンバイクなどの発展型や近年の電気自転車に至るまで、人々がいかに苦心して改良を重ねてきたかを学び、大人も勉強になった。

その歴史を一人で再現したかのような人物が、絵本『アーミテージさんのすてきなじてんしゃ』のヒロインだ。眼鏡がお似合いで、いつも朗らか。「すてき」なのはむしろアーミテージさんの方だ。
アーミテージさんは自転車で出かける。すると、道を歩いていたハリネズミを危うくひきそうになる。

"What this bike needs," said Mrs Armitage to herself, "is a really loud horn".
「このじてんしゃにひつようなのは、できるだけおおきなおとがでるけいてきだわ」と、アーミテージさんはひとりごとをいいました。

こうして警笛を3つ買って、大きな音を鳴らしながらご機嫌で自転車をこいでいくと、突然自転車のチェーンが外れる。アーミテージさんは自分で工具を取り出してその場で直してしまうのだが、手が真っ黒になる。

"What this bike needs, " said Mrs Armitage to herself, "is somewhere to wash your hands."
「このじてんしゃにひつようなのは、てがあらえるところだわ」と、アーミテージさんはひとりごとをいいました。

そこで、水の入ったバケツと石けん置きとタオルを自転車のハンドルにかけ、手を洗うと再び出発する。
走っているうちに、どんどん改良のアイデアが生まれる。工具入れや、お腹が空いてきたのでサンドイッチが入るトレイと、ついでに連れてきた犬のためにおやつ用のバスケットも取り付ける。そうこうしているうちに雨が降り出し、傘も必要だけれど、気分を盛り上げるために音楽も聴きたい…というわけで、アーミテージさんはさらに創意工夫を重ねていく。

アーミテージさんは、問題に直面するとむしろ楽しげに新しい仕掛けを自転車に加えていき、驚いたりあきれたりする周囲の人々の目を気にする様子もなく、まさにマイウェイを邁進する。失敗してもけっしてめげない。人類の偉大な発明は、きっとそんな精神から生まれたのだ。「私は1万回失敗したのではない。1万のうまく行かない方法を見つけることに成功したのだ」と、エジソンも言っているではないか。
3月8日は「国際女性の日」。ステレオタイプではない女性を気負うことなく魅力的に描いたこんな絵本を、もっと子どもたちと読みたいと思う。

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