清水玲奈の絵本覚書-翻訳家のノート

ロンドン在住ジャーナリスト・翻訳家が、イギリスで出会い心酔した絵本を深読みします。(旧 清水玲奈の英語絵本深読み術) 英語と、ときどきフランス語、イタリア語の絵本を読んでいます。 一生の友達になってくれる絵本を厳選し、作家の想いや時代背景について、そのとき調べたこと、考えたことを覚え書きしています。 毎月第一金曜日の更新です。 (明記しない限り、日本語訳は私訳です)

ノーマン・メッセンジャーの絵本

今年の夏休みに行きたい、「信じられない島」の詳細な探検記

The Land of Neverbelieve
Messenger, Norman
Walker Books Ltd
2012-10-04



芸術的な仕掛け絵本『イマジン』の作者、ノーマン・メッセンジャーによる架空の島の探検記だ。18世紀の博物誌のような趣で、動植物や地理について写実的なイラスト入りで解説している。絵本全体が、どこかに本当にこんな島がありそうだと思わせるくらい詳細な描写に満ちたファンタジーになっている。

島はときおり足が出てきて瞬時に移動するため(「ハウルの動く城」みたいだ)、島民は決して海に出ない。たとえば表紙になっているのは、島の海岸沿いに漂流している「航海の木」。

The powerful, erect Sail Tree is a boggling sight. They grow only on small wooden boats. I saw them all around the island and even attempted to board them but they always darted away at the last moment. They can sense when the island is ready to move to a fresh location and scurry to tuck themselves into the cliffs.
力強くそびえ立つ「航海の木」にはびっくりさせられる。この木は、小さな木製のボートだけに生えている。私は島の海岸のあちこちでこの木を見かけ、船に乗ってみることも試みたのだが、乗ろうとするとすっと沖に流れてしまう。島が新しい場所に向かって動き始める予兆を察知する能力があり、そんなときはすばやく島の岸壁の中に避難する。

さらには、島でしか味わえない美食の記録もある。「ジェリーフィッシュ」(ゼリーにそっくりのクラゲ)や、「チョコレートの木」(幹がチョコレートでできていて、イギリスで人気のチョコレート「アフター8」を思わせるミント味のクリームが中に入っている)などなど。

絵本としては文字数がとても多いのだが、その魔界には子どもも大人も同じようにひきこまれる。いつも、残りのページが少なくなってくるとさびしい。

探検記には、細い手書きの筆記体を模した独特の字体が使われている。作者自身が作ったオリジナルらしく「Messenger One」というフォントで、几帳面な博物学者のフィールドノートという雰囲気だ。
個人的には、私が通った横浜の中学高校で使われていた英語の教科書「プログレス・イン・イングリッシュ」の字体に似ていて、ノスタルジックな気分になる。

なお、島の探検の後に書かれた(という設定の)前書きでは、一人で航海していた「私」(文末には「ノーマン・メッセンジャー」と書かれている)が、偶然この島に出会って上陸した記録であることが語られる。
島との別れは、出会いと同様に突然訪れた。「私」が探検中にふと自分の船がまだあるかどうか不安になり、島で集めた木の実や鳥の羽を船に積んでいると、島は消えてしまっていた。
それでも「私」は言う。

How fortunate I was to have my mementos: the weird and beautiful seeds, lovely parrot feather, the exquisite kissing shells, the folded leaf, the cutlery set, my notes and sketches....
I hope this book will give some insight into the peculiar and mesmerizing encounters I had on this little island.
島の思い出になる品々を持ち帰れた私は、なんて運がよかったのでしょう。奇妙で美しい種子、素敵なオウムの羽、キスする魅惑的な二枚貝、折りたたみ式の木の葉、カトラリーの木から収穫したフォークやナイフ、そして私のノートとスケッチ……。
この本を通して、小さな島で私が出会った不思議な魔法のような発見に親しんでいただけたらうれしいです。



なかなか旅行に行けない今日この頃、こんな絵本で旅するのはとりわけ楽しい。

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コロナの世界を予測したしかけ絵本『イマジン』



イマジン (講談社の翻訳絵本)
ノーマン・メッセンジャー
講談社
2013-10-18



ジョン・レノンと同じリバプール出身のイラストレーター・絵本作家によるしかけ絵本『イマジン』(2005年)。
タイトルの『イマジン』は偶然なのか、ジョンへの意図的なオマージュなのか、あるいは遊び心なのかわからないが、文字通り、想像の世界に引き込んでくれる。

エミリー・グラヴェットの『オオカミ』と同様、知的なゲームも楽しませてくれるしかけ絵本だ。
短い文が添えられた絵は、斬新な発想を目に見える形にするために細部まで執拗に描き込まれている。
ファンタジーなのだけれど、コロナウイルスに翻弄される今日の世界を映し出しているようなページもある。

Imagine a suitcase without a handle- you would have to leave it behind.
Imagine a face without a mouth- a kiss would be such a disappointment.
Imagine a clock without hands- you couldn't be late or early.
持ち手のないスーツケースを想像してごらん、置いていくしかないね。
口のない顔を想像してごらん、キスしてもがっかりするだけだね。
針のない時計を想像してごらん、遅刻することも、早めに着くこともできないね。

これは、今の「新しい日常」そのものだ。旅行もできず、キスもハグもできず、学校にも行けないというこの現実を、絵本の世界が予測していたかのよう。
この非常事態も、絵本の中に放り込まれたような非日常として楽しむべきなのかもしれないとさえ思えてくる。想像力は無限なのだから。

フラップやびょうぶ状に折られたページ、ページ上で円形の部分をくるくる回すと絵が変わるしかけのページでは、絵が刻々と変化していく。キマイラのような想像上の動物が次々と変身するページなど、日本語版の訳者が荒俣宏というのもうなずける魔界のような小宇宙だ。
そして、この作者の真骨頂は、逆さまにすると別の顔になる顔の絵とか、動物が隠れている風景画とか、いわばクラシックなだまし絵にある。逆さまにして見るページは、文字を逆さに印刷していることによって、自然と本をひっくり返したくなるシンプルな「しかけ」だ。

この絵本の中で、森の絵に隠れた魔女の猫を探しながら思い出すのは、先日逝去した安野光雅の『もりのえほん』。私は子どもの頃、何度も何度も繰り返しこの字のない絵本を「読み」、森の風景に隠れた動物たちを探しては一人遊んでいた。誰にも邪魔されない自分と絵本だけの静かなひと時は、今でも忘れられない。
そういえば、画風は違うけれど、メッセンジャーには、安野光雅と共通した知的好奇心とセンスが感じられる。『イマジン』には各ページの隅におまけとして小さな幾何学クイズがついていて、まさに隅々まで楽しめるが、安野も『ふしぎなえ』などだまし絵の作品や、数学の楽しさと奥深さを子どもと大人に実感させてくれる多数の絵本を出している。
安野の『あいうえおの本』や『ABC の本』と、メッセンジャーのアルファベットの絵本『An Artist's Alphabet』もぜひ読み比べたい。

三次元CGに慣れ切った今の子どもたちにこそ、ぜひ人間の頭と手と目によって生まれ、無限に膨らんでいく二次元の世界の魅力を教えてあげたい。美術館の絵と違って、気軽な値段で「本物」が所有でき、いつでも好きなときに楽しめるのも絵本の魅力だ。

『イマジン』の版元である出版社「ウォーカーブックス」のウェブサイトによると、ノーマン・メッセンジャーはロンドンの広告代理店でアートディレクターを務めたのち、1978年から本や雑誌のイラストレーターとして活動。そのかたわらユニークな絵本を発表してきた。アーティストである妻とともにグロースターシャー在住。

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