清水玲奈の絵本覚書-翻訳家のノート

ロンドン在住ジャーナリスト・翻訳家が、イギリスで出会い心酔した絵本を深読みします。(旧 清水玲奈の英語絵本深読み術) 英語と、ときどきフランス語、イタリア語の絵本を読んでいます。 一生の友達になってくれる絵本を厳選し、作家の想いや時代背景について、そのとき調べたこと、考えたことを覚え書きしています。 毎月第一金曜日の更新です。 (明記しない限り、日本語訳は私訳です)

コロナ時代に読みたい絵本

傷は勲章。『げんきなマドレーヌ』

Madeline
Bemelmans, Ludwig
Viking Books for Young Readers
1958-09-01



げんきなマドレーヌ (世界傑作絵本シリーズ)
ルドウィッヒ・ベーメルマンス
福音館書店
1972-11-10



『はなのすきなうし』(1936年)と同じく1930年代から愛されている古典、『げんきなマドレーヌ』(原書は1939年)は、パリの寄宿舎に暮らす女の子、マドレーヌが活躍するシリーズの第1作目だ。
親子で週末、久々にパリに行ってきたので、この絵本を読み返した。舞台として描かれているコンコルド広場やエッフェル塔の風景は、今もあまり変わっていなくて、パリ気分を反芻できる。

瀬田貞二の名訳でマドレーヌと訳されている主人公の名前は、原語ではマデラインだ。
構想の段階では、妻の名前と同じマドレーヌ(Madeleine)とだったが、韻を踏んだ詩の形の文章が書きやすいように、2番目の「e」を落としてマデライン(Madeline)としたという。

つたの絡まるパリの寄宿舎に、12人の女の子たちが暮らしている。
そのうち、いちばん小さくて、いちばん勇敢な女の子が、マドレーヌだ。
台所に出るネズミも動物園のトラも怖がらないマドレーヌだが、病には勝てない。ある晩、盲腸炎になり、病院に運ばれて手術を受ける。

Madeline woke up two hours
later, in a room with flowers.
Madeline soon ate and drank.
On her bed there was a crank.
And the crack of the ceiling had the habit
of sometimes looking like a rabbit.
Outside were birds, trees and sky....
And ten days passed quickly by.
2じかんご、マドレーヌがめをさますと
へやには はながかざられていました。
すぐに たべたりのんだりできました。
ベッドは かくどをかえられるハンドルつきでした。
てんじょうのわれめが
うさぎみたいにみえました。
そらには とりがとび まどのそとには きがそびえています....
あっというまに とおかかんが すぎました。


窓辺にピンクの花の鉢植えが飾られ、寝ていると大きなうさぎの形の天井画のような割れ目が見えて、空からお日様が微笑む病室の絵は、マドレーヌの目線から描かれていて、幸福感に満ち溢れている。
思いがけず訪れた入院生活。ふだんの生活を離れて、一人ぼっちの静かな非日常を楽しむ哲学的な態度を、尊敬せずにはいられない。
さらに、マドレーヌはその後お見舞いに来た寄宿舎の仲間たちに、お腹の傷を見せて自慢する。勲章のように。
ちなみに私の友人のイタリア人(40代女性)も、盲腸で入院手術後、お腹の傷を見せてくれたので、珍しいことではないようだ。でも、マドレーヌは友だちみんなをうらやましがらせたところから、心底誇らしげだった様子が伝わってくる。
詩のような文体で語られる物語に加えて、走りがきしたような独特の画風の絵がとても素敵。

ところで、12人の仲間のうち、マドレーヌ不在で11人になったはずなのに、物語の終盤の寄宿舎で、お見舞いから帰ってきた11人の女の子たちが食事をする場面になると、12人が描かれている。その後、歯磨きの場面では、再び11人になっている。
作者のいたずら? はたまた作者も編集者も気づかなかっただけ? 12人問題に気づいた読者は少なくないし、作者も少なくとも出版後には意識していたといわれている。でも真相はわからない。
いずれにしても、1930年代アメリカの出版界はずいぶんのんびりとしたものだったのだろう。そして、こんな「欠陥」すらも、この絵本をさらに個性的でチャーミングなものに見せてくれているように思える。マドレーヌの手術跡のように。

作者の孫ジョン・ベーメルマンス・マルシアーノとの共著『ベーメルマンス マドレーヌの作者の絵と生涯』によると、ニューヨークに暮らしていた作者ルドウィッヒ・ベーメルマンス(1898〜1962)は1938年、妻マドレーヌと当時2歳半の一人娘バーバラを連れて、フランスを旅した。これが、マドレーヌ誕生のきっかけになった。
旅行の初めに訪れたパリはとりわけ気に入ってその後も再訪し、50年代には別荘を構えることになった。
パリの後に訪れた南フランスのユー島では、自転車に乗っていて、当時島で一台しかなかった自動車と衝突して負傷し、入院生活を送った。このときの病室は天井の割れ目がうさぎのように見え、隣の病室には、盲腸の手術をした女の子が入院していたという。

ベーメルマンスは帰国すると、パリを舞台に、修道院学校でいちばん小さくて、いつもトラブルに巻き込まれる女の子の絵本を描き始めた。
マドレーヌの人物像には、自分の母親と、妻と娘、そして自分自身が投影されていたと、のちに語っている。
『マドレーヌのクリスマス』のブログで書いたように、ベーメルスマンは母子家庭で育ち、反抗的な態度からドイツの学校を退学処分になり、16歳で単身ニューヨークに渡った。クリスマスイブの港に迎えに来ているはずの父は姿を見せなかった。
親元を離れて暮らし、小さいけれど勝気なマドレーヌは、そんな子ども時代の自分を描いたものでもあるのだ。

ベーメルマンスは『げんきなマドレーヌ』の原稿を、かつて自分の絵を見て絵本作家になるよう勧めてくれたバイキング・プレス社の編集者メイ・マッシーに送った。添えた手紙には「子どものための本であって、知性のない人のための本ではない」と書いている。
マッシーは、原稿を却下した。ジョン・ベーメルマンス・マルシアーノは、「子ども向けには洗練されすぎていると判断したからか、あるいは絵がコミック風だったからか、もしくはその両方の理由で」の判断だったと分析している。
幸い、本はサイモン・アンド・シュスター社から、パリ旅行の翌年にあたる1939年に出版された。
その後、ベーメルスマンは『ロンドンのマドレーヌ』(1961年)まで5冊の続編を発表した。
ベーメルマンスの死後、ジョン・ベーメルマンス・マルシアーノが作風を引き継いでさらに数冊の続編を発表している。

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コロナ闘病で人気作家がたどり着いた境地。希望に満ちた自伝的絵本




子ども向けの詩を数多く発表しているイギリスの詩人・作家マイケル・ローゼン(1946〜)。
日本では谷川俊太郎訳で親しまれている『悲しい本』では、息子を失った悲しみに向き合っていた。

やはり自伝的作品である最新作『Sticky McStickstick: The Friend Who Helped Me Walk Again: The Friend Who Helped Me Walk Again(スティッキー・マックスティックスティック: 僕を手伝ってまた歩けるようにしてくれた友だち)』(2021年)では、コロナでの長期入院を経て回復した実体験を語っている。

作者自身による本の紹介と一部の朗読はこちら。


作者は病が治ったとき、寝たきりの期間が長かったために手足を動かすことすらできなくなっていた。退院に向けて、リハビリに励むことになる。
最初は歩行器を、それから杖を使って歩く練習をする。
杖(スティック)に作者はスティッキー・マックスティックスティックという愛称をつける。それが本の題名であり、作者ならではのユーモアと言葉のセンスが生きた命名だ。
表紙の絵は、絵本の中頃に出てくる作者と杖の出会いのシーン。
名前だけではなく顔もある杖が、すっかりやつれた作者ににっこりと微笑んでいる。

I loved Sticky McStickstick.
He helped me walk:
move the right leg,
stick down on the right,
move the left leg.
Stick down on the right,
move the left leg,
move the right leg.

Over and over again.

スティッキー・マックスティックスティックが ぼくは大すきになった。
ぼくが歩くのを手伝ってくれるんだ。
右手でスティッキーをついて
右足を出してから
左足を出す。
右手でスティッキーをついて
左足を出してから
右足を出す。

これを、なんどもなんどもくりかえす。

作者はリハビリを重ね、やがて杖を使わなくても歩けるようになったとき、ふと振り返ってベッドのそばに置かれた「彼」を眺め、「友だちを見捨てたような」後ろめたさを感じる。
そこで退院するとき、病院の許可を得て、杖を「連れて」帰った。
家族との暮らしを再開し、公園で孫との再会を果たし、日常が戻ってきてからも、作者はもう使わない杖を玄関に置いておく。

Sticky McStickstick sits in the basket by the front door
just in case I need him.

I often look at him, on the way out,
thinking of the time when he helped me
to learn how to walk.

And he reminds me of the kind people
who taught me all those things
right from the time
I couldn't even stand up.

スティッキー・マックスティックスティックは
出番にそなえて いつもげんかんのかごの中にいる。

ぼくは いつもスティッキーをながめる。
そうやって スティッキーに手伝ってもらって 
やっと歩けるようになったころのことを 思い出すんだ。

すると ぼくを助けてくれた
親切な人たちの顔が 目に浮かぶ。
立つことさえできなかったぼくは、あの人たちのおかげで
また いろいろなことが できるようになった。

この絵本は、入院中の担当医師と医療スタッフに捧げられている。
作者のゆっくりとした回復への道のりは淡々と語られる。トニー・ロスの絵はいつものようにユーモラスで軽やかで、ページをめくるごとに、文字通り一歩ずつ日常を取り戻していく静かな喜びが伝わってくる。
最後に添えられた作者による後書きでは、病から回復する体験のすばらしさに加えて、回復の過程で書くことや読むことに助けられたという事実が語られる。シンプルな文章ながら、味わい深い。

私たちは、コロナに感染してもしなくても、過去2年でさまざまなダメージを受けた。
近い将来、誰もがコロナ禍から「回復」するとき、この貴重な体験から学んだ感謝の気持ちや、「当たり前のこと」が再びできる喜びを忘れないでいたい。そんなことを思わせてくれる希望に満ちた作品だ。

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星の王子さまの視点でコロナを考える『ちいさなちいさな めにみえないびせいぶつのせかい』

Tiny: The Invisible World of Microbes
Davies, Nicola
Walker Books Ltd
2015-06-04



ちいさな ちいさな: めに みえない びせいぶつの せかい
ニコラ デイビス
ゴブリン書房
2014-08-01



科学絵本『ちいさなちいさな めにみえないびせいぶつのせかい』(原書は2014 年)。前回の『いろいろいっぱい ちきゅうのさまざまないきもの』と同じ作者2人が、わかりやすく楽しい文章と素敵なイラストを通して、目に見えない微生物の世界を探検させてくれる。

冒頭では、さまざまな目に見えるものを使った比喩で、微生物の小ささと、数の多さを説明する。
海水1滴の中にニューヨークの人口の2倍を超える微生物が、小さじ1杯の土の中にインドの人口と同じ数の微生物がいる。これらのページでは、無数の人物がニューヨークの摩天楼やインドの市場に描かれていて、その多様性と数の多さ、密集している様子を想像させてくれる。

イラストは落ち着いたトーンの色合いで、ふつうは顕微鏡写真やCGでしか紹介されることのない微生物の造形を、芸術的に見せてくれる。
丸い背景に、8種類の微生物のモデルを描いた見開きページは、そのまま個性的なドレスの柄になりそうだ。
Some microbes are round
Some are skinny
Some look like shells
Some are squishy
Some have wiggling tails
Some look like daisies
Some look like spaceships
Some look like necklaces
まるいびせいぶつも、
ほっそりしたのも、
かいのようなかたちのも、
ぐにゃぐにゃのも、
しっぽをくねくねさせるのも、
ひなぎくみたいなのも、
うちゅうせんのかたちのも、
まるでネックレスのようなのもいます。

さらに圧巻なのが、1つの大腸菌が2つ、4つ、8つ…と増殖していく様子を丹念に描いた4ページ。最後は見開きいっぱいに広がる。
大腸菌ではあるのだけれど、数学的な美しさに見入ってしまう。

最後の見開きは、宇宙に浮かぶ地球の絵とともに、こう締めくくられている。
The tiniest lives doing the biggest jobs.
ちいさなちいさないきものが、おおきなおおきなしごとをしています。

星の王子さまの「本当に大切なものは、目には見えない」という言葉を、科学的な視点で再確認するような言葉だ。

新型コロナウイルスが流行し始めた頃、「ウイルスは目に見えないけれどその辺にいるかもしれない。だからどこかに触ったら手を消毒しなくてはならない」ということを、4歳だった娘に説明するのに苦労した。そんな折にこの絵本はありがたかった。
……という効用のみならず、この絵本は、目に見えないウイルスに翻弄される日々を、単視眼的にならずにとらえなくてはとも思わせてくれる。私たちの身近で、目に見えない自然の驚異が日々進行している。人間は、そんな大きな自然の一部でしかないのだ。

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レジリエンスを学ぶ一年生の課題図書『リトルレッド あたらしいあかずきんのおはなし』

Little Red
Woollvin, Bethan
Peachtree Pub Co Inc
2020-09-01



リトルレッド あたらしい あかずきんの おはなし Little Red
べサン・ウルヴィン
文化出版局
2020-11-28



ロンドンの小学校に通う娘は、今日から夏休み。一年生の最後に、「誰にとっても大変な一年、勇気をもってがんばった」ごほうびとして、学校から絵本をプレゼントされた。
どの学年の子も全員に本がプレゼントされたが、一年生がもらったのは『リトルレッド あたらしい あかずきんの おはなし Little Red(原題 Little Red )』(2016年)だ。

絵は鮮やかな発色のグワッシュ(不透明絵の具)を使い、赤、黒、グレーの3色だけで描かれている。
表紙のあかずきんの流し目が、物語の始まりを予感させる。
タイトルの中表紙のあかずきんは、赤い長靴をはきながら、今度はぺろりと舌を出している。何かをたくらんでいる顔だ。

物語の前半は、誰もが知っているあかずきんの物語である。オオカミはおばあさんを食べ、おばあさんの寝巻きを着てベッドにもぐり、あかずきんを待ち受ける。

It wasn't long before Little Red arrived and found the door to Grandma's house was already open.
She peeped in through the window.
Inside she couldn't see Grandma, but she could see a badly disguised wolf waiting in Grandma's bed!
Which might have scared some little girls.
But not this little girl.
She made a plan, and went inside.
あかずきんはやがて、おばあさんのいえにつきました。ふしぎなことにドアがあいています。
まどからいえのなかをのぞきこみました。
おばあさんのすがたはなく、おばあさんのふりをしているけどぜんぜんにていないオオカミが、ベッドでねているのが みえました。
ここで こわがるおんなのこもいるかもしれません。
でも、このこはちがいました。
どうすればいいか、けいかくをたててから、なかにはいりました。

おばあさんの家の前の切り株には、きこりが忘れていったらしいオノが刺さっていた。これが伏線になっている。チェーホフの有名な引用にあるように、「第1章で壁に銃がかかっていたら、次の章ではそれは発砲されなくてはならない」のだ。
そういうわけで、次のページであかずきんはオノを手にし、さらに次のシーンでは、オオカミに食べられそうになった瞬間、絵はあかずきんの目にクローズアップする。
最後のページでは、あかずきんはオオカミの着ぐるみを着ている。家の中では、顔は見えていないが、おばあさんらしき人の手が、4時を指す壁の時計を指さしている。「お茶の時間ですよ」とでも言うかのように。

危機をものともせず、知恵と平常心を持って挑んだあかずきんのお話は、パンデミックで注目されるようになった「レジリエンス」(立ち直る力)についての絵本ともいえる。コロナ時代の子どもたちを勇気づけるのにふさわしいプレゼントなのだ。
そして、静かなサスペンスに満ちた演劇のような展開の物語も、おばあさんがオオカミに頭からのみこまれるシーンをはじめとしたユーモアたっぷりのダイナミックな絵も、絵本の楽しさを堪能させてくれる。現実はときに厳しくても、本を開けばいつでもこんなに楽しい世界が待っていると知っていれば、子どもたちの生きる力になるはずだ。究極的には、本を読むことは、オオカミのような現実にのみこまれないための武器になりうるのだから。

イギリスの小学校では、「物語を読んで、自分なりに違う結末を考える」という授業がよく行われる。そのお手本となるような有名なお話のパロディーの絵本も、イギリスでは数々出版されていて人気が高い。こういう絵本を読むと、頭を柔らかくして自由な発想をする練習になる。

出版社マクミランのウェブサイトによれば、絵本作家ベサン・ウルヴィンはイギリス・シェフィールド在住。9人の弟と妹たちの姉として育ったことから「いろいろな年齢層の子どもたちの興味が理解できる」という。
2015年にアングリア・ラスキン大学のイラストレーション学科を主席で卒業。大学2年生のときに制作した『リトル・レッド』はマクミラン賞受賞作品だ。同賞は、美大に在籍している学生のプロジェクト段階の絵本作品を募集し、最も優れたプロジェクトに出版のチャンスを与えるというものだ。
過去にはエミリー・グラヴェットが、『オオカミ』(2004年)でこの賞を受け、鮮烈なデビューを果たしている。イギリスの気鋭の絵本作家たちのデビュー作に登場するオオカミたちを比べてみるのも楽しい。

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エルマーの作者が40年を経てコロナ時代の親たちに贈る。イギリスで禁書になった絵本

Not Now, Bernard (English Edition)
McKee, David
Andersen Digital
2011-12-04



「ぞうのエルマー」シリーズで知られるデビッド・マッキーは、かいじゅうが出てくる絵本をいくつか発表している。『あとでね、バーナード(原題 Not Now, Bernard)』(1980年)は、出版から40年を経て、なおイギリスで古典として愛される一冊。
しかし発売当初は、「暴力的」と批判され、イギリス国内の図書館から禁書扱いされたいわく付きの絵本でもある。

主人公はバーナードという男の子。お父さんやお母さんと話をしようとするが、「あとでね、バーナード」と言われてしまう。
植木鉢に水をやるお母さんは、バーナードの方を見ようともしない。そこで物語は思わぬ急展開を見せる。

"There's a monster in the garden and it's going to eat me," said Bernard.
"Not now, Bernard," said his mother.
”Hello, monster, " he said to the monster.
The monster ate Bernard up, every bit.
Then monster went indoors.
「にわにかいじゅうがいて、ぼく、たべられちゃうよ」とバーナードはいいました。
「あとでね、バーナード」とおかあさんはいいました。
「かいじゅうさん、こんにちは」とバーナードはかいじゅうにいいました。
かいじゅうは、バーナードをぺろりとたいらげました。
それから、いえにはいりました。

家の中で、かいじゅうにほえられたお母さんも、かみつかれたお父さんも、ちょっとびっくりしつつもいつものように「あとでね、バーナード」と言うだけ。
かいじゅうは一人でバーナードの部屋に行くと(ぞうのエルマーの人形が本棚に置かれている)、マンガを読み、おもちゃを投げて壊す。
「ねるじかんですよ」と言われて、おとなしくベッドに入ったかいじゅうは、一言静かにつぶやく。そのつぶやきが、切ない。

かつてアメリカの出版社は、本の結末でお母さんに「アイラブユー、バーナード」と言わせたいと申し出たが、作者は却下した。
子ども向けの絵本でも、いつもハッピーエンドがふさわしいとは限らない。

版元のアンデルセンプレスは昨年、この絵本の出版40周年記念版を発売した。
子どものためのチャリティー団体「アクション・フォー・チルドレン」による大人向けの後書きが添えられている。「子どもと一緒に過ごす時間をとることはとても大切で、絵本を読むのはその最善の方法」というメッセージだ。

これを受けて、作者のデビッド・マッキーは、イギリスの新聞「i(アイ)」紙ウェブ版(2020年6月9日付)に寄稿した。ロックダウンによる休校が長引いた状況を踏まえ、「今の親たちにこそあてはまるストーリー」と語っている。「作品の読み方を限定するのは好きではない」とした上で、「誰でも心の中にかいじゅうがいて……ぞんざいに扱われたり無視されたりしたら、そのかいじゅうが姿を現して、ふだんの自分を食べてしまう。バーナードがお父さんやお母さんに話を聞いてもらえなかったときに起きたのは、まさにそういうことだ」と語った。さらに、「このパンデミック中にこんなことを実際にみなさんが体験していないことを願っている」とも付け加えている。

内なる怒りや不満にのみ込まれてしまう危険は、子どもだけではなく、大人にだってある。
制約が続き、家で親子ですごす時間が多い今こそ、大人たちは忙しさを嘆くのではなく、ゆっくりと絵本を読むひとときを大切にしたい。大人も子どもも、自分の心にいる「かいじゅう」にぺろりと食べられないですむために。

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