清水玲奈の絵本覚書-翻訳家のノート

ロンドン在住ジャーナリスト・翻訳家が、イギリスで出会い心酔した絵本を深読みします。(旧 清水玲奈の英語絵本深読み術) 英語と、ときどきフランス語、イタリア語の絵本を読んでいます。 一生の友達になってくれる絵本を厳選し、作家の想いや時代背景について、そのとき調べたこと、考えたことを覚え書きしています。 毎月第一金曜日の更新です。 (明記しない限り、日本語訳は私訳です)

エミリー・グラヴェットの絵本

英国のお家芸? 本物みたいな絵はがきが飛び出す仕掛け絵本

Post vom Erdmaennchen
Gravett, Emily
FISCHER Sauerlaender
2014-02-20



子どもたちが大好きな手紙をテーマにしたさまざまな絵本が、欧米でも日本でも出版されている。
前回は番外編で、がまくんとかえるくんの「おてがみ」へのオマージュとも言われるフランスで人気の絵本を取り上げた。
英国では、本物みたいな手紙や絵はがきを、本のページに貼り付けた封筒から取り出して読める仕掛け絵本も人気だ。
たとえば、抜けた歯をお金に変えてくれる「歯の妖精」と、妖精を待つ女の子の手紙のやり取りで展開する仕掛け絵本『Dear Tooth Fairy』
そのほかにも、『ゆかいなゆうびんやさん』シリーズや、『サンタ・クロースからの手紙』など、本物みたいな手紙がページから飛び出す仕掛けの絵本は、いつもワクワクさせてくれる。
今回は、そんな中でも異色の傑作『Meerkat Mail(原題 ミーアキャットの手紙)』(2006年)。
ケイト・グリーナウェイ賞受賞者エミリー・グラヴェットの3作目で、見開きのページにフリップ状に貼られた本物のような絵はがきが楽しい仕掛け絵本だ。

主人公はミーアキャットのサニー。乾燥した暑い気候のアフリカ・カラハリ砂漠の平原で、大家族の一員として暮らしている。
ミーアキャットたちは、天敵のジャッカルの影に怯えつつ、いつも身を寄せ合って暮らしている。

Sunny comes from a large family.
They work together, play together, eat together,
learn together...
and sleep together.
サニーは大家族と暮らしている。
みんなで働き、みんなで遊び、みんな一緒に食べる。
みんなで勉強...
そしてみんな一緒に眠る。

絵のタッチは写実的だが、絶妙に擬人化されていて、ユーモアたっぷり。
このページは、めがねをかけた先生役のミーアキャットが、黒板を指しながら子どもたちに教えている。黒板にはこう書かれている。

REMEMBER!
A MEERKAT ALONE IS ON ITS OWN.
STAY SAFE, STAY TOGETHER!
(AND STAY AWAY FROM JACKALS!
忘れてはならない。
ミーアキャットは、ひとりでは生きられない。
冒険はだめ。仲間から はなれてはだめ!
(ジャッカルに 近づいてはだめ!)


サニーはそんな暮らしに息の詰まる思いがして、ある日、「親戚」であるさまざまな種類のマングースたち(実際、ミーアキャットもマングース科の動物なのだ)を訪ねる旅に出る。
両親に、「完璧な居場所を探す旅に出る…手紙を書くね」と書き残して。
そして、約束通り、行く先々から絵葉書を出す。
月曜日の訪問先は、コビトマングースのボブおじさんの巣。
サニーは、ミーアキャット一家のモットーは「Stay Safe, Stay Together」だと説明する。するとボブおじさんは、コビトマングース一家のモットーは「RUN AND HIDE(にげてかくれろ)」だと教えてくれたと、サニーは両親に向けた絵葉書に書く。絵葉書の端には、体の小さなコビトマングースの習性として、天敵に出会うと散らばって隠れて身を守るという豆知識が書かれている。
コビトマングースの巣に、サニーは大きすぎて入ることができない。
そこで火曜日は、縞模様のあるシママングースのいとこたちを訪ねる。サニーが書き送った2枚目の絵葉書には、やはり小さな活字で、昆虫を食べ、数日ごとに巣を引っ越しするというシママングースの習性が書かれている。
サニーはそこでシロアリに噛まれる。絵葉書も、シロアリにやられたらしく、虫食いの跡がある。

Sunny is getting itchy feet.
He decides it's time to move on!
サニーは 足がむずむずしたので、
次の目的地にむかった!

「get (have) itchy feet(足がむずむずする、かゆい)」というのは、どこかに出かけたくてうずうずしている様子を表現する慣用句。
絵には、サニーだけでなくシママングースの集団が家財道具を積んだリアカーを引いて引っ越す様子が描かれている。それから、常にミーアキャットやマングースを狙うジャッカルの影も。

サニーはその後も土曜日まで、毎日違う「親戚」を訪ね歩く。
「理想の地」を見つけることはできないまま、日曜日、ついに故郷に戻ってくる。
サニーが旅で学んだのは、故郷が一番だということ。
「冒険に出かけ、そして家に戻ってくる」という絵本の定番とも言えるストーリーは、旅に出ることの意義をも私たちに思い出させてくれる。

絵はがきの「印刷」された文と、サニーが両親に宛てたイラスト入りの手書きのメッセージ、それに本の中表紙を埋め尽くす新聞記事の切り抜きを含む文や絵を読み込めば、ミーアキャットと各種マングースの生態を細かに知ることができる。表情豊かな絵とともに、動物好きにはたまらない。
手紙と動物というイギリス人がこよなく愛する2つの要素が詰め込まった絵本ともいえる。

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イースターの季節に読みたい『へんてこたまご』

The Odd Egg
Gravett, Emily
Two Hoots
2016-08-25



へんてこたまご
グラヴェット,エミリー
フレーベル館
2016-05-01



2021年のイースター(復活祭)は4月4日。日付は「春分の日の後の、最初の満月の日のすぐ後の日曜日」なので毎年変わる。
ロンドンではたいていイースターの少し前に、公園の池でカエルが産卵する。わが家では毎年少しもらってきてカエルになる前まで育てるのだが、黒い丸だったのがおたまじゃくしの形になってやがて殻を破り泳ぎ始めるのを見ていると、春の訪れと卵に秘められた生命力を実感する。

卵はイースターの象徴でもある。古代から豊穣の象徴だった卵が、キリスト教ではキリストが墓から出て復活したことを表す。
そして、信者は本来、イースターに先立つ節制の期間、四旬節には卵を食べない(直前の灰の火曜日、別名パンケーキの日に卵を使い切っておく。『パンケーキをたべるサイなんていない?」は多分その頃のお話)。しかし、人間が節制している間も、ニワトリは卵を産み続ける。というわけで、イースターの頃にはたくさんある卵に模様を描いて飾る習慣もある。

さて娘は小学校の最初の学年「レセプション」のとき、イースターを前に「卵」についての授業があり、この絵本『へんてこたまご』を先生から紹介された。「タイムズ」紙書評によれば「卵の物語(egg stories)の最高傑作」とされている。

物語の幕開けには、コマドリやニワトリ、フクロウ、オウム、フラミンゴたちが、それぞれ卵を抱いている様子が描かれる。

All the birds had lαid αn egg.
All except for Duck.
とりたちみんなが たまごをうみました。
カモどんを のぞいて。

なお、このカモどんはマガモで、オスに特徴的な美しい緑色の頭をしているし、原文では代名詞「He」が当てられている。次のページで、カモどんは緑色の斑点のある大きな卵を水辺で見つける。

The Duck found an egg!
He thought it was the most beautiful egg in the whole wide world.
カモどんは たまごをみつけました!
そして せかいいち すてきなたまごだと おもいました。

卵は小さなものから次々とかえり、それぞれの親鳥にそっくりなひなが生まれてきて、元気な産声を上げる。
絵本はこの部分が、コマドリを描いた幅の狭いページから、フラミンゴのフルサイズのページまで、鳥の大きさに合わせてページの幅が違っている。それをめくると次々に卵がかえり、絵が変わっていく仕掛けになっているのが楽しい。
そして、親子はみんな似ている。中でも面白いのが、フクロウ親子だ。さすがに読書家らしく、かたときも『卵図鑑』を手放さない(同じ作者の『オオカミ』でオオカミ図鑑に没頭していたウサギを思わせる)。生まれてきたフクロウのヒナは産声が数式になっているし、さっそく親子で『卵図鑑』を読みながら幸せそうに寝ているところは「カエルの子はカエル」を思わせる。

一方、カモどんの卵はなかなかかえらない。カモどんは編み物をしながら幸せそうに待ち、赤ちゃんの靴下やえりまきを完成させる。そしてある日卵がかえると、生まれてきたのは…

「みにくいアヒルのこ」以上の驚きの展開だが、似ても似つかない赤ちゃんは、手編みの靴下を履いて、カモどんを「ママ」と呼んで慕う。カモどんもフクロウに負けないくらい幸せそうだ。

ユーモアたっぷりの物語からは、「カエルの子はカエルかもしれないし、そうではないかもしれない。どんな親子がいてもいい」というメッセージも伝わってくる。

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本好きに警告。ウサギが本に食べられる話『オオカミ』

Wolves
Gravett, Emily
Two Hoots
2016-11-03



オオカミ (世界の絵本コレクション)
エミリー グラヴェット
小峰書店
2007-12-01



ロンドンの小学校に通う1年生の娘(5歳)が、家に新しく届いた絵本を手に取るとまず裏表紙を眺め、したり顔で言った。「新しい本を読むときは、まずここに書いてある”ブラーブ”から読むんだよ」。
読書の時間に先生からそう教わったとか。
「ブラーブ(blurb)」とは、本の裏表紙やカバーに書かれている「宣伝文句」のことで、日本の本なら帯にあたる部分だ。
確かに、読者を育てたいと思ったら、子どもにも、本の内容をただ「読み聞かせる」だけではなく、本がどのようにできているかや、本を手に取ったときにどこをどう見ればよいかまで教える必要があるだろう。それが、「本をどう読むか」「自分が読みたい本にどうすれば出会えるか」を考えること、ひいては読者としての自立につながるはずだ。
大人も一度、無意識にしている本選びや本の読み方をおさらいしてみたい。

そんな練習にぴったりなのが、実験的な絵本『オオカミ』だ。エミリー・グラヴェットが2005年のケイト・グリーナウェイ賞を受賞した鮮烈なデビュー作。
本の中に本がある入れ子構造になっている。それに、図書館の貸出カードや封筒から取り出せる手紙などさまざまな仕掛けがある。
裏表紙にはもちろん「ブラーブ」(宣伝文句)があり、冒頭にはこう書かれている。

An important introduction for young rabbits to the danger of wolves: every burrow should own one!
子ウサギたちにオオカミの危険を教えるための大切な手引き。どのウサギ穴にも必ず1冊常備しましょう。

現在イギリスで販売されているのはソフトカバー版で、その表紙をめくるともう1つの表紙が出てくる。「オオカミ」という題名だけの赤い布表紙だ。
次に出てくるのが、「図書館新着情報」のチラシで『オオカミ』を紹介している。作者名は(エミリー・グラヴェットをもじって)「エミリー・グルラビット」。ウサギが仲間たちに警告するために書いた本らしいことを伺わせる。

さて、ウサギが図書館で、さっそくこの本を借り、帰り道に歩きながら文字通り没頭する。
「哺乳類の小型動物を食べる」という説明のページでウサギがふと本から顔を上げたとき、そこには…。
ここでまた赤い布表紙が登場する。今度は無残に引き裂かれ、ページの断片らしき「ウサギも」という単語が書かれた紙片が脇に落ちている。

続くのが、とってつけたような「敏感な読者のためのオルタナティブな結末」。オオカミが草食だったという展開だ。安易な嘘であることを匂わせるイラストの仕掛けに注目し、子どもにも「お話を鵜呑みにしてはいけない」と教えたい。

最後におまけがある。切り取ってホチキスで止めると自分の本「あるオオカミの物語ー10ぴきのコウサギ」が作れるのだ。
マザーグースの童謡「10人のインディアン」のパロディーで、ウサギが1ぴきずつ減っていくユーモラスで怖いお話。
「これを読めばウサギが図書館で『オオカミ』を借りた理由が分かります」という作者が読者に宛てたカードが添えられている。物語の終わりが始まりにつながる循環構造だ。

エミリー・グラヴェットは、西洋では伝統的に悪者として懲らしめられるオオカミを、強くかっこよく描く。その姿勢はその後の作品『オオカミはかみつかない』(Wolf Won't Bite、未邦訳)にも受け継がれている。
『オオカミ』は、中身もパッケージも「既成の価値観にとらわれていませんか?」と、まるでオオカミが噛みつくように、ブラックなユーモアを込めて、読者に挑戦する。

ウサギをとらえて呑み込んでしまったのは、実は動物のオオカミではなく、ウサギが図書館で借りて夢中になった『オオカミ』という本の魔力だった、ともいえる。
これを「子どもにはわかりにくい」と敬遠するか。あるいは親子でめくるめく世界に迷い込み、「本とは何か」を考えるきっかけにするか。
イギリスでは後者の考え方が主流なようで、この絵本も圧倒的な支持を得ている。

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オオカミが勝利する『3びきのこぶた』の軽妙なパロディー

Wolf Won't Bite!
Gravett, Emily
Two Hoots
2018-02-22



イギリスでは、「3びきのこぶた」のさまざまなバージョンだけでなく、パロディーの絵本も、数え切れないくらい出版されている。
「よく知っているお話なのに、ちょっと違う」というところが、心を惹きつけるのは、大人も子どもも同じ。それに、ひとつの物語をさまざまな視点から読むことで、柔軟な思考を促されそうだ。

娘が通うロンドンの小学校で、1年生(最初の学年「レセプション」のあとで、本格的に学習が始まる5〜6歳の学年。Year Oneと呼ばれる)の秋学期の初めに課題図書となったのも、『3びきのこぶた』を翻案した絵本数冊だった。

その中で私たちがとりわけ気に入った1冊が、『オオカミはかみつかない』(未邦訳)。
物語の幕開けでは、サーカス団の怪力ブタが、踊り子ブタと団長ブタを頭上に持ち上げ、3匹でポーズをとる。
そして団長ブタはメガホンで呼びかける。「さあさあよってらっしゃい。やせいのオオカミをつかまえました!」。

3びきは代わる代わる舞台の真ん中に立ち、オオカミショーを展開する。
オオカミを小さな台の上に載せたり、巨大なリボンで飾りたてたり、綱をつけて馬乗りしたり。
お話の文は、いずれも7音節にそろえられている。ここはぜひリズムよく読んで、サーカスのワクワク気分を味わいたい。

I can stand him on a stool!
I can dress him in a bow...
I can ride him like a horse but
WOLF WON'T BITE!
ちょこんと だいに のせまして
リボンをつけて こんにちは
うまのかわりに のりまわしても
オオカミさんは かみつかない!

絵は、鉛筆で手書きのドローイングをしたのちにフォトショップで加工をしている。すっきりした絵柄の中に、重なり合った鉛筆の線がそのまま見えていて、作家の息遣いを感じるようだ。

作家のエミリー・グラヴェットは、イギリスの海辺の町ブライトン生まれで、今もブライトンに暮らしている。
公式ウェブサイトの経歴によると、16歳で高校を退学。8年間、パートナーと娘と一緒に「大きな緑色のバス」に乗って寝泊りしながら、イギリス中を旅して暮らした。ブライトンに戻ったのち、美術の学位を取得。2005年に『オオカミ』で、イギリスで毎年優れた絵本に贈られるケイト・グリーナウェイ賞を受賞、出版契約を得て鮮烈なデビューを飾る。

今もブライトンで家族と犬と暮らし、1960年代のビンテージのバスを乗り回しているそうだ。奇想天外なストーリーからは、エミリー自身の自由奔放な世界観が感じられる。
そしてオオカミが好きなのだろう。エミリーが描くオオカミは、リボンをつけておすわりをしている姿も、そして最後にブタ団長のタキシードの裾をくわえて走っている姿も、どこか犬っぽい。飼い犬をモデルに描いているのかもしれない。

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