清水玲奈の英語絵本深読み術

ロンドン在住ジャーナリスト・翻訳家が、イギリスで出会い、親子で心酔した英語絵本を深読みします。                 「大人も子どもも楽しめる絵本」という視点で厳選。絵本の根底に流れる文化や哲学、イギリスの小学校での読書事情もレポートします。 (明記しない限り、日本語訳は私訳です)

成功するロイヤルウエディングを描く『まめとおひめさま』のパロディー

The Pea And The Princess
Grey, Mini
Red Fox
2004-04-01



「まめとおひめさま(原題 The Pea and the Princess)』というアンデルセン童話がある。
あるところに、本物の姫と結婚したいと願う王子がいたが、世界中を探し回っても見つからない。
そんな折に嵐の晩、見知らぬ若い女性がお城に雨宿りにやってきて「自分こそは本物の姫だ」と言う。
王子のお母さんであるお妃は、その「姫」のベッドに豆を1粒置いてから、何枚もふとんを重ねさせた。その上に寝た姫は、朝になると「豆のせいで眠れなかった」と言う。
そこで本物の姫であることがわかり、王子はこの姫を妃にした。
……というお話だ。

ミニ・グレイ作・絵『まめとおひめさま』(2003年)は、このアンデルセン童話のパロディー。
お妃(王様は不在らしい)が34歳で未婚の息子に、「結婚しないとお小遣いをあげない」と脅すが、なかなか結婚しない。
そこでなんとか嫁を探そうと、新聞に募集広告を出す。
王宮の菜園で育った1粒の豆が「お姫様テスト」のために選ばれる。物語は、この豆の視点から語られる。

Months passed. I spent most nights in the darkness under a pile of twenty mattresses and feather beds and a princess.
なんかげつものあいだ、ほとんどまいばん、わたしは20まいのマットレスとはねぶとんとおひめさまのしたですごしました。

お妃が朝になって寝心地はどうだったかと尋ねると、育ちの良い姫たちはみな「おかげさまでぐっすりねむれました」と答える。

このままではいつまで経ってもお嫁さんは見つからない。テスト用の豆は、自分がなんとかしなくては、と決意する。
ある嵐の晩、少女が雨宿りに訪れる。注意深い読者なら、このおかっぱの少女が、これまでのページの絵にたびたび登場していた王宮で働く女の子であることに気づくはず。

積み重ねられたふとんの下からはい出して枕元まで登った豆は、ぐっすり眠る少女の耳元で「おおきくてまるいものがしたにあってねごこちがわるい」と3時間にわたりささやき続ける。
翌朝、少女は頭に染み付いていたそのせりふを繰り返し、合格する。

The wedding was very grand. The Queen was interested to meet the new Princess's family.
I'm sure they will all live very happily together.
けっこんしきがせいだいにとりおこなわれました。おきさきはあたらしいおひめさまのかぞくをまねきました。
わたしのかんがえでは、みんなでいつまでもとてもしあわせにくらしたはずです。

絵本の最後の見開きの絵では、王宮の菜園で、王子と「本物のお姫様」が仲良くいも掘りをしている。二人とも幸せそうだ。
菜園の隅で一人お茶を飲むお妃だけは、釈然としない表情だけれど。

もともとの『まめとおひめさま』はアンデルセンが子どもの頃に聞いたスエーデンの民話に基づくと言われている。
本国デンマークで童話集の一話として発表された頃には、道徳的教訓が欠けているとして酷評されたらしい。
でも、アンデルセンがストレートに上流階級の価値観を皮肉ったのだと考えると、突如、時代を超えて通用する寓話に思えてくる。
だからアンデルセンの原作を読むなら、この現代版『まめとおひめさま』もぜひあわせて読みたい。
……などと言っている母親の影響で、そして何よりこんな絵本を読んでいるおかげで、娘はいわゆるプリンセスものに全く興味を示さないのかもしれない。

IMG_0477

ロックダウンでも無人島でも、誕生日は楽しい。『ケーキがやけたら、ね』

It's My Birthday
Oxenbury, Helen
Walker Books Ltd
2010-08-02



ケーキがやけたら、ね (児童図書館・絵本の部屋)
ヘレン オクセンバリー
評論社
1995-04-01



人と会えないロックダウンとは、無人島暮らしのようなもの。いつか脱出できる日を夢見つつ、非日常を親子で楽しもうと心がけてきたが、一年以上経つ今も「昔の世界」に戻れる日がいつになるかはわからない。そんななか、もうすぐ娘が誕生日を迎える。昨年に続いてお友達を招いてのパーティーはできない誕生日。

でも、おうちでケーキを焼いて食べるだけの静かな誕生日も悪くない。そう思わせてくれるのが『ケーキがやけたら、ね』(原書は1994年)だ。原題はシンプルに『It's My Birthday(きょうはたんじょうび)』。

懐かしい絵柄の絵本は、表紙をめくると、ギンガムチェックにさくらんぼの柄のテーブルクロスのような模様。そして「It's My Birthday」というタイトルの下に、スポンジケーキにさくらんぼがのっただけのシンプルなケーキの絵が現れる。これだけで、子ども時代の誕生日の幸福感が、大人の胸にもいっぱいに蘇る。

物語の最初のページは、青いサロペットを着たマッシュルームカットの子が登場する。この子が男の子なのか、女の子なのかは示されない。

その子は読者に向かって両手を広げ、にっこりと笑顔で宣言する。
”It's my birthday and
I'm going to make a cake."
「きょうはたんじょうびだから
ケーキをつくるんだ」

物語に登場するのは、にわとり、くま、ねこ、ぶた、いぬ、さる。親もきょうだいも友達も出てこない。
動物に頼んで集める材料は、卵と粉とバターとミルク、それに「塩ひとつまみ」、砂糖、さくらんぼ。
甘さの中にほんのり塩味のきいたお菓子はおいしいもの。この「塩ひとつまみ」というのがたまらなく食欲をそそる。
それに、英語で「with a pinch of salt(塩ひとつまみとともに)」といえば、「物事をうのみにせず、自分の頭で考えて疑うことを忘れずに」という意味だ。だから、自分でケーキを焼くにあたって、この子は慎重さや知恵の象徴である「塩ひとつまみ」を忘れない。
そのおかげで、素朴だけれどおいしそうなケーキが見事完成する。

”Thank you, everybody.
Now all of you can...”
「みんなありがとう。
さあ、じゃあもうみんなは…」

と言いながらケーキを運んでいく。
ちょっとどきりとさせた後で、次のページではちゃんと動物たちとテーブルを囲み、オレンジジュースと一緒にケーキを食べている。結末はもちろん「ハッピーバースデー」。

子どもにとって、料理やケーキ作りは、食べるのと同じくらい楽しい。
私の5歳の娘も、私に「来ないで」と言い渡してからキッチンに一人でこもって、「サプライズ・パーティー」を準備するのが好きだ。冷蔵庫を開けて、にんじんとバナナを切って交互にお皿に並べ、バナナの皮で飾り付けるなど、思いがけない「パーティー料理」を準備する。
子どもは大人に介入されず、自分だけの力で何かをしたいという気持ちを強く持っている。大人はいつも危ないとかこうした方がいいとか言って、邪魔するけれど。

大人が登場せず、子どもと動物だけの世界が展開するのは、ヘレン・オクセンバリーがマイケル・ローゼンの詩に絵をつけた『きょうはみんなでクマがりだ』と同様。
そして『ケーキがやけたら、ね』では、子どもが一人で夢中に何かに取り組む様子が、静かで濃密で極上のひとときとして描かれている。

オクセンバリーは、2021年3月28日のBBCラジオ4局の長寿番組「デザート・アイランド・ディスクス(無人島のレコード)」に出演した。番組は毎回、各界の著名人を招いて、これまでの仕事や人生についてインタビューしつつ、「無人島で暮らすとしたら持っていきたい音楽」や「本」や「贅沢品」を尋ねる。
インタビューによると、舞台芸術の分野で活躍していたオクセンバリーは、絵本作家のジョン・バーミンガムと結婚して子どもが生まれてから、子育てと両立できる仕事として、夜な夜なキッチンテーブルで絵本制作をするようになった。
70年代に当時としては画期的な大人が登場しない絵本を作り始めた。「絵本は子どもが純粋に静かに楽しめるものであるべきで、メッセージを込めることはしない。本を読み続けてもらうために」という哲学も語った。
「無人島」番組では、「あなたにとって理想の無人島暮らしとは」という定番の質問がある。オクセンバリーは「フレンドリーな動物たちが一緒にいてくれたらうれしい」と答えた。親切な動物たちと誕生日を祝う『ケーキがやけたら、ね』は、作者自身の理想を描いた絵本なのかもしれない。

IMG_0170

ぞうのエルマーのちょっと不思議なたんじょうび

Elmer's Birthday (Elmer Picture Books)
McKee, David
Andersen Press Ltd
2020-05-07



『エルマーのたんじょうび(原題Elmer's Birthday)』(2019年)は、『ぞうのエルマー』に始まるシリーズ41作目となる最新作だ。誕生日というテーマは、『ぞうのエルマー』の現在の版が出版されてから30周年の企画にふさわしい。
しかもふつうの誕生日の話ではないところが、またエルマーらしい。

エルマーが朝の散歩に行ってしまったところで、あるぞうが仲間たちに提案する。「あしたはエルマーのたんじょうびだけど、いたずらでわすれたふりをしよう」。
他の動物やエルマーの親戚にも、このいたずらに協力して「わすれたふり」をしてくれるように頼み、うまくいったらケーキをごちそうすると約束する。動物たちは「でも…」と言いかけるが、「でもはダメだよ!」とぞうたちは言う。

”Any trick with cake after is a good trick,”
said a monkey.
"But..." said Giraffe.
"No buts," said an elephant. "Join in, it will be a laugh."
「あとでケーキがもらえるいたずらは、いいいたずらだ」
と さるはいいました。
「でも…」と きりんはいいました。
「でもはダメだよ」ぞうはいいました。「たのんだよ、ぜったいわらえるから」

「誕生日」の当日。みんなはエルマーを避けて通る。しかし最後に、動物や仲間のぞうがみんな集まってくる。

"Elmer, aren't you upset? Nobody has said 'Happy Birthday'."
”But..." said Elmer, "It's not my birthday."
「エルマー、かなしくないの? だれもおたんじょうびおめでとうっていってくれなくて」
「でも…」エルマーはいいました。「きょうはぼくのたんじょうびじゃないよ」

エルマーはあくまでもクール。このあと、エルマーそっくりのカラフルなデコレーションケーキが登場する(食べ物とは思えないくらい鮮やかな色合いだけれど、実際にイギリスにはこういう着色料たっぷりのデコレーションケーキがよくある)。

There was silence and then they all burst out laughing.
"Not bad, elephants. " said Elmer. "It wasn't a brilliant trick.
It isn't my birthday. But... the cake is a winner."
みんなはしずまりかえったのちに、おおわらいしました。
「ぞうたち、なかなかやるね」とエルマーはいいました。「いたずらがせいこうしたとはいえない。きょうはぼくのたんじょうびじゃないからね。でも……ケーキはさいこうだ」

というわけで、「ケーキがもらえるいたずらは、いいいたずらだ」というさるの名言ともつながるハッピーエンド。何かと息苦しい今日この頃、人生これくらいお気楽にいけたらいいのになあと、エルマーや仲間の動物たちがうらやましくなる。

と思っていたら、近所のカフェの店先の黒板に「今日は誰かの誕生日だから、ケーキを食べよう」と書かれていた。この名コピーを書いた人は『エルマーのたんじょうび』の絵本を読んだのかもしれない。

IMG_0426
ギャラリー
  • 成功するロイヤルウエディングを描く『まめとおひめさま』のパロディー
  • ロックダウンでも無人島でも、誕生日は楽しい。『ケーキがやけたら、ね』
  • ぞうのエルマーのちょっと不思議なたんじょうび
  • 多様性ってなに?『ぞうのエルマー』が教えてくれること
  • ミミズが空を飛ぶときを描く美しい絵本
  • 「好きな人」と過ごすイースターに『どんなにきみがすきだかあててごらん』
  • ハンプティ・ダンプティの末裔、飛びたかった卵の話
  • イースターの季節に読みたい『へんてこたまご』
  • ロイヤルアルバートホールを熱狂させる『きょうはみんなでクマがりだ』
カテゴリー
  • ライブドアブログ